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茨城大学・KEKデー 
量子ビーム活用した遺跡の探査の可能性にワクワク

 茨城大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)との連携による「第3回 茨城大学KEK-DAY 量子線科学講座―量子の目でモノを見る」が、19日、理学部の第1講義室で開催されました。今回のテーマは「量子ビームで歴史探検!」。考古学を専門とする人文社会科学部の田中裕教授らも登壇し、ミュオンやX線などを活用した遺跡の探査の実態や可能性を紹介する、文理横断のイベントとなりました。

茨城大学とKEK--文理横断の取り組みへ

 茨城大学は、茨城県内にあるKEK(つくば市)や大強度陽子加速器施設J-PARC(東海村)といった世界有数の研究機関・実験施設と連携した、量子線科学分野の先端的な研究・教育を強みとしています。
 2022年7月にはKEKと包括的連携協力協定を締結し、それまでも実施していた大学院理工学研究科量子線科学専攻の現場実習や、教員・研究者の人事交流に加え、総合大学としての茨城大学のリソースを最大限活用した文理横断の取り組みにも注力しています。
 歴史・考古学分野への量子線技術の活用について議論する今回のイベントもその一環で企画されたもので、令和5年度KEK加速器科学国際育成事業(IINAS-NX)の援助により行われました

 ピラミッドや古墳といった遺跡は、そこに「一点もの」として残されていることに価値があるため、できる限り破壊せずに調査を行うことが求められます。もちろん最終的には「発掘」が必要となりますが、発掘による破壊を最低限に抑えるためにも、まずは電気・磁気やレーダーを利用した「非破壊」の内部探査が大事になるのです。
 これまでの探査技術では、木が多く繁った斜面での調査などが困難でしたが、その中で近年注目される新たなアプローチが、宇宙線として地球に降り注いでいる素粒子・ミュオンを使って遺跡の内部を探る手法です。2017年にエジプトのピラミッドで活用され、大きな話題となりました。
 ミュオンは、宇宙線が地球を覆う大気中の原子にぶつかってできる素粒子のひとつ。質量が大きく、さまざまな物質を通り抜けることができるため、X線と同様、その通り抜け方を調べることで、物質の構造を可視化することが可能です。

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 本講演に先立って登壇した理工学研究科(理学野)の飯沼裕美准教授(兼KEK客員准教授)は、「J-PARCのような加速器では、宇宙線が成層圏にぶつかって起きていることを再現して量子線をつくり、目的に合わせてカスタマイズして使っている。そのための技術や装置を、今度は自然界の方へ持ち出して、宇宙線と組み合わせて活用するのが、今回の遺跡の調査。そこがおもしろい」と、この取り組みの魅力を語ります。

古墳の内部探査から日本の国家形成の過程を探る

 講演プログラムのトップバッターを務めた田中教授は、「岡山県の造山古墳では、ミュオンを使った探査が2020年から進められている。王陵級の巨大古墳は宮内庁の管理のもと立入りが制限されているため、これが成功すれば古墳探査の新たな道が開かれることになる」と、その可能性に期待を寄せます。
 3世紀から7世紀まで長く続いた古墳時代は、日本の国家の形成期。南北約1200kmにわたる広大な領域において、人びとが集団としてどのように・どの程度結合していったのかを知る上で、国内に約5000基あるという各地の古墳の構造を把握することは、きわめて重要なことといえます。

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 実は茨城県は、日本の都道府県の中で2番目に前方後円墳が多い県。しかも、多くの古墳においては墳丘の上部に棺室が設けられているのに対し、茨城県内の古墳は地下あるいは半地下に棺室がある「変則的古墳」だそう。「変則的古墳の場合、ミュオンでは見づらい部分もあるかもしれないが、これらの特徴的なタイプの調査が、この時代の地域の自立性を知ることにつながる」と田中教授は説明しました。

子どもたちが参加する東海村の古墳探査

 そうした中、J-PARCのある東海村では、ミュオンを使った古墳の内部探査のプロジェクトが昨年スタートしました。J-PARCの設備更新によって取り外された測定器を再利用した取り組みで、ターゲットは「船塚古墳群2号墳」です。
 この取り組みについて紹介したのが、KEK・素粒子原子核研究所の藤井芳昭シニアフェローです。藤井氏によれば、現地で使用する装置は、プラスチックのシンチレーターと光ファイバー、光センサーを利用したシンプルなもの。シンチレーターはミュオンが通ると光るようになっており、その光を光ファイバーで先端の光センサーへ運び、電気信号に変えて解析に利用します。

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 東海村のプロジェクトがユニークなのは、これらの取り組みを小中学生たちと行っている点です。東海村における地域資源を活用した科学教育として進められているもので、東海村・KEKとともに、茨城大学から飯沼准教授・田中教授も参加しています。
 藤井氏は「子どもたちに参加してもらうという点では、ミュオン測定器が子どもでも作れるシンプルなものであること、子どもでも測定経過がわかるようなプログラムであること、そしてもちろん安全が確保されていることが重要」と語り、そのための具体的な工夫を紹介しました。
 このような取り組みは、教育的効果もさながら、これまで「専門家の専門家による専門家のためのものだった」(藤井氏)遺跡の内部探査を、大衆的な活動へとひらいていくものともいえます。
 このことについて、考古学者である田中教授は、「専門家だけで何千という古墳には手が届かない。たくさんの『目』があれば、新しい発見もできる」と語っていました。

最新の解析技術から見える伝統の技術の力

 こうした文理横断の研究は今後も期待されます。そんな中、歴史や文化遺産に興味をもつ研究者のネットワークに参加し、「文科系と理科系のしきたりの違い」に苦慮しながら、さまざまな調査に取り組んでいるひとりが、帝京科学大学生命環境学部教授の高谷光氏(兼 自然科学研究機構 分子科学研究所 教授)です。

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 例えば、国宝に指定されている薬師寺東塔のてっぺんについている、「水煙」と呼ばれる銅製の装飾物の組成解析。当初、量子線科学専攻とも連携している兵庫県の大型放射光施設・SPring-8に持ち込んで解析をする予定でしたが、文化庁との調整など紆余曲折を経て、一部を削り取った金属粉の分析を行うことに。その結果、その時代の銅としては圧倒的に純度が高いことが確認され、さらに同じ薬師寺の仏像に使われているのも、ほぼ同じ組成の材料だったことがわかったそうです。
「当時は仏教の末法思想のもと、何億年も保たせるためにつくっており、実際に1200年経った今もこうして残されている。どうしたら長くもたせることができるか、ということが技術の原点にあり、そのことに感動を覚えずにはいられない」と高谷さん。
 自身は普段は雪の研究をしており、「歴史のことは素人。大人の自由研究と思ってもらえれば...」と話しますが、これまでの活動を通じて、さまざまなところから解析の相談を受けるとのこと。今後、さらに組織的な研究の取り組みが求められそうです。

 量子線科学と歴史学・考古学。一見遠そうなこの2つの分野の融合に、こんなに可能性があるのか!と、知的好奇心を大いに刺激された今回のKEKデー。教室には量子線科学専攻の学生たちの姿が多くみられましたが、次回もこのような機会があったら、ぜひ人文社会科学部などの学生にも聞いてほしい、そんなイベントでした。東海村の古墳探査のプロジェクトを含め、この取り組みについては今後もご紹介していく予定です。

(取材・構成:茨城大学広報室)

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